55話 ページ6
･
名前を呼ばれて顔を上げると、やっぱり。
示し合わせたかのように、このタイミングで渡辺くんに会ってしまった。
……あれ、でも、1人だ。
「渡辺くん、」
「ん、やっほー。一瞬誰だかわかんなかったわ」
ふはは、といつもの癖のある笑い方も、今はなんだか苦しい。
「……ひとり？」
思わずそう訊ねると、渡辺くんは頷く。
「うん、トイレ待ち。馬鹿みたいに並んでたし、しばらく帰ってこねえだろうなーと思ってたら、Aさん見っけた。
Aさんもトイレ待ち？」
「うん、3人とも並びに行ったから私もここで待ってた」
恋心とは単純なもので、さっきまで1人になりたい、渡辺くん達のことから目を逸らしたい。
そう思っていたはずなのに、自然と声のトーンは上がるし、顔に熱は集まるし。
今は渡辺くんの視線がこっちを向いていることに舞い上がっていて、つくづく私は単純だなと実感させられる。
「今日来るって言ってたのに全然見かけないから来てないかと思った」
「あ、そうだったんだ。でもさっき――」
ここまで言いかけて慌てて口を閉じた。
さっき見かけたよ、と言おうとしてしまった。ああ、私ってなんて間抜けなんだろう。
今の自分の地雷を自ら踏みに行くなんて。
「さっき？」
「あ、えと、」
なんて言おうか、あ。屋台で見かけたよ、そう言おう。
「さっき、」
「え、もしかして花火？もしかしてふっかと佐久間に連れてってもらった？」
「あ、その……」
いきなり図星を突かれた。こういう時、察しのいい渡辺くんは困る。
「うわ、マジか」
渡辺くんは私から目を逸らした。その仕草に少し胸が痛む。
きっと思い当たる節があるのだろう。ていうか、見てたし。
「花火、すごく綺麗だったよね。あの特等席最高！」
この空気が嫌で、私はわざと明るい声を出して話題を花火にすり替えた。
渡辺くんの顔は見れない。
渡辺くんの顔を見ないまま、もうあの話が出ないように、横並びになって先程の花火の話をする。
後半は見えていなかったから、3人が盛り上がっていた内容を必死に思い出してなんとか話を続けた。
「あれ、翔太じゃん！」
来て欲しかったような、来て欲しくなかったような。深澤くんと佐久間くんの男子組が帰って来た。
深澤くんが驚いたように私たちの顔を見比べて焦った顔をした。
「ん、やっほ」
渡辺くんは先程と同じように、2人に軽く手を挙げた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 673人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：エラ | 作成日時：2024年3月2日 20時
