57話 ページ8
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肩を押されたままもう見えないであろうところまで歩いてくると、そっと深澤くんは私の肩から手を離した。
力が抜けて、はあ、とため息が漏れる。
「ごめんね、ありがとう」
「んーん。……ちょっと間が悪かったね。
てか、連れて来ちゃったけど大丈夫だった？せっかく話してたのに……」
「ううん。話せて嬉しかったのは本当だけど……彼女さん帰ってきたら、どうしよう……やだなって思ってたから」
「……そっか」
深澤くんはそれ以上詳しく聞かずに私の隣を歩き続けた。
最初は渡辺くんのことを好きなだけでいいと思っていたのに、彼のことを知れば知るほど欲張りになって、傷ついて……
ああ、すごく苦しいかも。
それなのに、前よりも渡辺くんのことを知ってしまったから、好きでいることをやめるのも辛い。
このままでいるのが、辛い。
けれど、私には諦めることも自分の思いを打ち明けることも、何をする勇気も無かったのだ。
思わずため息をつくと、深澤くんは黙って私の頭に手を置いた。
人として好かれることと、恋人として好かれること。
対大多数とかけがえのないたったひとりの存在の壁はこんなにも大きくて分厚くて困難なものなんだ。
「……なべに会うの、辛い？」
コンビニに着いて、飲料コーナーのケースの扉を開けながら、私の顔を見ずに深澤くんは訊ねてきた。
「……んー」
私は言葉に詰まった。
好きだから会いたいけど、だからこそ辛いんだよね。辛くないと言って仕舞えば、それは嘘になる。
「正直、辛い。けど、このまま夏休みが明けるまでの１ヶ月、ずっとこの気持ちのまま渡辺くんに会わないのも怖い……かな」
「……そっか」
「来週、俺と佐久間でなべの最後かもしんない試合見に行くんだけどさ。見に来たかったらおいでよ」
深澤くんは少し考えたように言う。私は「うん……」と曖昧な返事をした。
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作者名：エラ | 作成日時：2024年3月2日 20時
